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<<   作成日時 : 2018/03/09 16:54   >>

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出会い・・・。」について
<< 作成日時 : 2012/06/25 17:56 >>
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「出会い・・・。」について
昨日はTの(月命日)であった。
いつものようにお寺さんがお見えになるのをじっとお待ちする。

お坊さんは私の学生時代の事をよくご存知で
「今日は・・十二礼・・をお唱えしましょう」・・お坊さんの後についてお経を上げる。

お勤めが終わられたお坊さんは、一服なさりながら
「今日は貴女にとってどういう日ですか?」と質問なされた。

「どういう日?考えた事ありません。主人の命日ですが、お仏檀の事は毎日の行事ですし、
お花の水を替えたり、お茶上げたり、写真に有難うって言ったり、愚痴ったり・・・で・・」

「ただ、お坊さんがお見えになるので、今日は1日中何処へも行かず、部屋を片付けたりしてますけれど・・・」
まだ20台のおぼうさんは、「そうですか。私もお宅に伺うとお経に力が入ります・・」
命日だから・・・・Tを偲ぶ・・のが本来なのか、・・・特別の事は考えた事は無いのである。

そこで思い出した事がある。

私は若い頃より他所のお宅に伺う事が多かった。所謂「出稽古」である。
伺うお宅によっては、きちんと準備して待っていて下さったり、お稽古日を忘れて、慌てて準備なさる家もあった。

お花の稽古に伺ったいたお宅で、今でも忘れられない家がある。
いつ伺っても、ござを敷いて筒を並べ横に鋏を置いて、丁寧に迎えて下さるのである。

まだ若かった私は、年上の奥様方から大事にして頂くのがとても有難かった。
20台の頃は、質問に答えられない事が恥ずかしく背伸びしていたと思う。

今だったら、「今度はお勉強してきますね」と平気で言えるのに、何故だか当事は知らない事が恥ずかしかったのである。お坊さんにお話したら、「私もその気持ちは判ります」と仰って下さった。

いつか読んだ本に「人と和して作り上げて行く人生」と言う言葉があった。
その時々に出会った人、物が、人生に左右される事は当然である。

「すがりながら、或るは振り回されながら・・そして和しながら・・・」

 「判らないときは (判りませんので今度先生に伺っておきます)
        はっきいりそう言うのやで、嘘教えたらあきまへんで・・」・・・今は亡き師匠の言葉を思い出す。

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